聖書 あれこれ

 
人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても
得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。詩篇 90:10
 一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。ヨハネ福音書12章24節
 
 私のJAF(日本自動車連盟)の会員歴、20年目に入りました。
 免許証を取ったのが、1976年。
 1990年、中古車に乗るとき、万が一を考えてというアドバイスで、加入しました。
 あれから、旅先で利用したことはありません。それでも、自宅(愛媛、山梨、神奈川)で利用いたしました。5回くらいでしょうか。
 いずれも、バッテリートラブルと鍵が車内に、ということで無料でしたが、トータルすると、安心安全の範囲ということでしょうか。
 走行距離は、だいたい、約25万キロになるでしょうか。
 地球を6.25周、光の速さ、「一日は千年のようで、千年は一日のようです」(2ペテロ 3:8)の基準で計りますと、瞬く間、一秒にもなりません。
  時は過ぎ、誰にも去る時が訪れます。
 どこへと去るのでしょう。
 瞬く間に、何かを残すべきことがあるのでしょうか。
 一粒の麦に過ぎないとしても。
 麦は、何を残すか、何も気づかないことでしょう。
 麦は、自分の役割をなかなかわきまえることができないでしょう。
 しかし、「多くの実を結ぶ」という、主の約束だけがしっかりとあります。
 それが、「瞬く間」の人生を支えます。
 
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