聖書 あれやこれ

 また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。 マタイ福音書9章36節
 
 「飼い主のない羊」とは。
 あまり見たことがありません。
 あるところでは、馬が半野生状態で生息しているケースがあるようです。
 その場合、見る方が憐れに思うことはないようです。
 実際の馬の気持ちは分かりませんが、見る限りでは自由に、ノビノビという感じです。
 空の鳥。
 これまた、自由を謳歌しているように見えます。
 飼い主などいない、と思いますが、聖書は飼い主のことを考えるように語ります。
 「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる」(マタイ福音書6章26節)。
 誰もが気付くように語ります。
 「天の父」は、養いを欠くことはありません。
 「打ちひしがれている」のを放ってはおけないのです。
 たとえそれが、羊、馬、鳥に責任があったとしても。
 人は、罪に打ちのめされ、打ちひしがれている状態となります。
 自業自得という声が上がりますが、イエス様が一言、お話しになります。
  「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネ8章7節) 。
 そして、「わたしもあなたを罪に定めない」(11節)。
  
 
 
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