聖書 あれこれ

 信ずる者は慌てることはない。
                旧約・イザヤ書28章16節 

 だからといって、いつも沈着冷静、というわけでもありません。

 見通しが立たないとき、慌てます。

 完成が見込めなくなると、慌てます。

 急に一人になったように感じると、慌てます。

 今まで、一緒にいたのに、一緒に計画をして、取り組んでいたのに。

 坂を転がり始めると、とまらなくなります。大慌てです。

 でも、「信ずる者は慌てることはない」という言葉に出会うと、慌てているときも、非難された気になりません。

 条件を満たしていないのに、どうして、と訝る人がいるかもしれません。

 聖書の言葉は、ものさしのように、人を測る、評定する言葉ではありません。

 慰めの言葉、どういう状況にあるかを気付かせる言葉です。 

 マタイ福音書2820節に「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」とあります。

 決して、一人にしない。一人ではない。一人であると思うのは、錯覚。

 ああ、そうか、そうなのだ。 

 そう思うことが出来るので、そう思うように考えられるので、安心が生まれるのです。

 私と共にいる方は、慌てない。だから私も慌てない。

  それでいい。そういう主の思いが伝わってきます。

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