聖書 あれこれ

 

 主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。新約・ローマ書1013

 

 この聖書の個所を読むと、ある近さを感じます。

 近さは、親しさでもあります。

 いつも、私たちは、呼ぶか、呼ばれるかのところにいます。

 呼ばれるとは、選ばれるのを持っていると言ってもいいかもしれません。

 どちらも声の届く範囲ですから、距離的には同じなのです。

 でも、選ばれる方は、いつも緊張しています。

 どこのスーパーでも、閉店時間が近くなると、食材など、半額になるものがあります。

 安くしますから、お客さん、選んでくださいというわけです。

 食材の立場から考えますと、これで大丈夫、買ってもらえると思います。

 だって、他の食材と比較して、自分は定価で売られていた食材よりは劣るけれども、

 あの痛みかけている食材よりは、ましだと思うからです。

 さて、結果はどうなるのでしょう。

 

 遊びの「かくれんぼ」。

 思い出してください。あなたは隠れる人です。

 たいしたルールはありませんが、探す人と隠れる人。

 お互いに声の聞こえる範囲にいるというのがルールです。

 「もういいかい」「まあだだよ」。

 聞こえないほど遠くに行ってはいけません。

 どこにいるのだろう、私を探す人は。

 なんだか淋しくなって、声を出すと、鬼はちゃんと探し当ててくれます。

 ということで、イエス様は、鬼のようなお方です。

  野菜 ゲーム

広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中