プロテスタント(キリスト教)の歴史

 2009年、プロテスタント伝道150周年です。
 キリスト教は、大まかに言うと、カトリックとプロテスタントに分けることが出来ます。
 カトリックの伝道は、1549年、イエズス会のフランシスコ・ザビエルが、鹿児島にやってきたというのが最初となります。
 その後、禁教となり、1857年に鎖国令が解除されるまで、空白期間となりますが、この間は、切支丹の時代となります。
 プロテスタントはというと、2009(年)-150(年)=1859(年)。
 1859年、この年、宣教師が日本に来た、それは横浜港が正式に開港した、と言うことです。それから数えて、150年ということです。
 江戸時代から明治時代へ、歴史は大きく動いています。1859年は、和暦では安政6年。前の年に、徳川家茂が14代将軍になっています。
 翌年は、井伊直弼が、暗殺されています。
 激動の時代です。
 その前、ペリーが日本に来たのが、1853年。7月14日に久里浜へ上陸。日本に初上陸、実はこのあたりが難しい・・・
 ペリー艦隊は、アメリカから、ケープタウン、シンガポール、香港、琉球、小笠原諸島を経て、やってきました。
 琉球と小笠原。琉球は、琉球王国で、日本になった、編入というか、その辺りの言葉の選択も難しい・・・1871年以降のようで・・・
 そうなると、正式には、日本でない。
 小笠原が日本になったのは、1876年で、それ以前は、よくわからない。ともかく、ペリー以後に日本となったということで・・・
 歴史と言うのも、細かくほじくると、ややこしくなるので困りますが、そういうことで、ペリーが日本の久里浜に初上陸した。その7月14日が木曜日。
 ペリーが、浦賀沖に現れたのが、7月8日の金曜日。
 10日が日曜で、「遠征記」によれば、日曜日に艦上で礼拝をしているのです。
 日本領海内で最初のプロテスタントの礼拝。
 下田にいたハリスとの間で、1858年7月29日に日米修交通商条約調印、ここでも8月1日の日曜に最初の領土内で礼拝した記録があります。伊豆・下田でのことです。
 領海と領土で、最初の礼拝が行われ、そして、宣教師がやってきて来るのですが・・・
 1846年、少し前にさかのぼってしまうのですが、この年に、琉球にイギリスの宣教師が上陸しています。
 さて、日本ですが、琉球のことがあって、最初と言うのに異論があるかもしれませんが、宣教師たちが、まず、5月に長崎に上陸。
 次いで、10月、11月に神奈川に上陸。
 ということで、宣教師が上陸して150年と数えています。
 でも、ペリーの船にも日本に伝道を考えていた人も水兵で乗船していたり、中国にいる宣教師たち、実際に上陸した人達も中国から。
 ということは、中国で準備をしていたのです。
 また、ペリーの礼拝の祈りの中で、きっと日本伝道のことについて、思い巡らし祈っていたとも思うし・・・
 そういうことや沖縄のことなどを考えると、日本伝道150年と区切ることに異論もないわけではありませんが・・・
 久里浜教会は、150年前よりも、久里浜沖の領海内の礼拝を重んじたいなあ、という次第。
 ということで、私的には、2009年は、日本伝道156年と言いたいなあ。
 ということは、今年は、155年の記念すべき年、ということです。
 150年 reihaidou
 長くなって恐縮ですが、今、カトリックでは、パウロの生誕2000年を祝う「パウロ年」を定めたそうです。
 期間は、2008年6月28日から翌年の6月29日までです。
 知らなかったなあ、もっとも、聖書のどこを見ても誕生日は書いていませんが。
 イエス・キリストよりも、10歳ぐらい若いということで定めたらしいです。
 ロゴマークもありますが、貼り付けていいかなあ。「日本プロテスタント宣教150年」の方はOKなんだけど。
 155年と2000年。
 ザビエルから数えると、2009年は460年となります。
 どれもこれも、ここに至る遠い道のりなんです。そこに思いをはせる、なんとなくわくわくしませんか。 
 2009年、関係の数字を並べますと、2000-460-150-156=1234。
 ワン、ツー、スリ-、フォーです。
 昔、「ウルトラセブン」という番組があって、その挿入歌「ULTRA SEVEN」(詞:東京一、曲:冬木透)の歌詞に「1,2,3,4」とあります。
 軽快なテンポで、すきでした。視聴できます
 因みに、作詞作曲の両氏とも、別名で、本名は、「東京一」は「円谷一」で、「冬木透」は「蒔田尚」です。
 蒔田氏は、教会関係では有名な作曲家です。
 讃美歌では「ガリラヤの風かおる丘で」(詞:別府信男)で知られているかと思います。
 この曲、「讃美歌21」(日本基督教団出版局)57番、「新聖歌」(日本福音連盟新聖歌編集委員会)40番。プロテスタント系では広く愛されている歌です。
 カトリックの「典礼聖歌」(典礼音楽研究会)388番にもありますから、キリスト教の歌なのです。
 ガリラヤのイエス・キリストから、パウロ、ザビエル、ペリー、宣教師たち、そして、私たちへ。
 ちょっと、こじつけのつながりで、でも、面白いと思うのだけれども。
 ついでに、2008年は、カトリックでは、ルルドの町にある洞窟に聖母マリアが現れて150年です。1858年のことです。
  洞窟
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