今週の聖書

 イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。
 そのことによって、わたしたちは愛を知りました。1ヨハネの手紙316

 

 愛を知る時。

 私たちは人の心を読むことは出来ません。

 ですから、何を考えているか、伝えてもらわないとわかりません。

 どんなに相手のことを愛したとしても、伝えなくては、伝わりません。

 どう伝えましょうか。 

 相手のために心を込めて料理をつくる、それも一つの方法でしょう。

 地の果てまで行って、この世に一つしかないものをプレゼントする、それも一つの方法でしょう。

 料理の場合、でもそれが、心はこもっているけれども、だから材料は最上級、でも味が・・・という場合。

 そこに、人間の限界と悲喜劇、ドラマがあって、それは人生のスパイスとして味わい深いものがあるのでしょう。

 

  イエス様は、私たちに愛を示されました。どれほどのものか。疑う余地のないほどのものを示されました。

 イエス様から見ると、あなたはそれほどの価値がある、と言うのです。

 鏡の前にたって、自分を見ます。

 それほどのものか、とも思いますが、それほどのものだ、という声が響いてくるはずです、きっと。

 自分で自分を規定するのでなく、私たちの価値は、イエス様によって規定されているということに気付くことにいたしましょう

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    教会の前の桜の木の葉が色づき始めました。秋が始まっています。

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