今週の聖書

  「わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。」2コリント 5:1

 

生まれる前、天国で順番を待つ子どもたちがわれ先にと押し合いへし合いの状態(?)らしいです。

そうやって地上にやってきて、地上でいろいろと努力をして、場合によっては苦労して場所を作ります。

地上での歩みは、その先に行くための準備の連続ということが言えます。準備は、何かを諦めることでもあります。夏の休暇、海か山か、海に行くのなら山の方は諦めなければなりません。どっちも諦められないと、どこにもいけません。

ノアが箱舟を造っています。大きさ、仕様は、メートル換算ですと「長さ134m、幅22m、高さ13m」で、「三階建て小部屋多数」となります。

時間がかかります。そのため、ノアは、他のことを中断して、または諦めて、箱舟建造に集中的に取り組みました。

ノアは、他に遊びたいと思ったかどうか分かりませんが、でも主なる神様からの言いつけですから、嬉しいのです。だから、箱舟を建造することが苦になりません。だからほかの事を諦めることが出来ました。そういうように、先に進んでいけたらいいのです。泣く泣くやりたいことを諦めて先へ進むための準備するというのは、辛いです。

さて、やがて、地上から天上へと場所を移す時間です。

地上では、われさきと押し合いをしているということは多分ありません。どうも気になるのです。何がでしょう。

「神によって建物が備えられていること」です。

目的地が曖昧ですと、不安になります。集中できないのです。そうしますと、周りのことが気になるのです。他のことをやった方がいいのではないか、そう思うのです。

神によって、あなたのために、建物が備えられている。

若い人が孤独を訴えて叫んでいます。若い人だけでなく、年を重ねた人も、孤独には耐えられません。

孤独は、群衆の中では癒されないのです。

「神によって建物が備えられていること」。ただ、この言葉を確かに聞くことから癒しが始まります。

 

無題 

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