礼拝 2018年6月24日 午前10時30分ー11時30分

前  奏・・・「み神よ、高き天よりみそなわして」(J.パッヘルベル)
招  詞・・・93-1-1
讃美歌・・・20「主に向かってよろこび歌おう」
交読詩編・・・詩41編1-14節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・194「神さまは そのひとり子を」
聖  書・・・コロサイの信徒への手紙2章1-15節
祈  祷
讃美歌・・・280「馬槽のなかに」
説  教・・・「キリストに結ばれて」
讃美歌・・・540「主イェスにより」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・27「父・子・聖霊の」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は午前9時15分 中継は→礼拝)

広告
カテゴリー: 日々の出来事 | コメントをどうぞ

聖書 あれこれ(2018.6.24)

なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。(15)その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。
第2コリント5章14-15節
2018年は、宗教改革501年目。1517年、ルターが『95ヶ条の論題』を発表したことから宗教改革が始まったのです。
昨年は500年でしたので、様々な形で記念の会が開かれていました。プロテスタントは当然として、カトリックからの様々な発信がありました。別れて501年ですから、和解とより深い交わりを求めているのです。
以前は、放蕩息子のたとえになぞらえて、プロテスタントは、出ていった放蕩の弟扱いでしたが、その扱いではさすがに和解も交わりも生まれないということでしょう。
両者の間には、まだまだ相違もありますが、「キリストの愛がわたしたちを駆り立てている」からこそのカトリックの行動なのでしょう。
さて、宗教改革後、プロテスタントは様々な派が生まれました。それこそ無数にあって、何がどうなっているのかという状況です。
そのプロテスタント内で、一致への動きはあったのでしょうか?
私たちは、イエス様によって贖われ、新たな命に生きる者となりました。
15節は「自分たちのために死んで復活してくださった」イエス様のために生きることを目的とすることを勧めています。
それが、すべての人のために生きることになる、隣人を自分のように愛する道となることを語っているのです。
カトリックやプロテスタント内の一致や和解のために、何をなすべきかとのアイデアは浮かんできませんが、どういう状況の中であっても、わが心の内にある「キリストの愛」が私たちを駆り立てるのですから、それに応答していきましょう。
ペトロに向かってイエス様は、「『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた」(マタイ4章19節)のと同じように、私たちにもイエス様は語りかけています。「この人はできるかぎりのことをした」(マルコ14章8節)とイエス様が語られたように、私たちはその「この人」であることを覚えましょう。

カテゴリー: 聖書 あれこれ | コメントをどうぞ

礼拝 2018年6月17日 午前10時30分ー11時30分

前  奏・・・「前奏曲」(Ch.H.Rinck)
招  詞・・・93-1-53
讃美歌・・・13「みつかいとともに」
交読詩編・・・詩40編13-18節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・202「よろこびとさかえに満つ」
聖  書・・・コロサイの信徒への手紙1章24-29節
祈  祷
讃美歌・・・397「主の教えのべ伝え」
説  教・・・「聖なる者の使命」
讃美歌・・・534「キリストの使者たちよ」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・28「 み栄えあれや」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝はありません。10時30分に合同です。中継

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

カテゴリー: 日々の出来事 | コメントをどうぞ

聖書 あれこれ(2018.6.17)

あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。
ヨハネ福音書16章30節
弟子たちの告白、「今、分かりました」、そして「信じます」と続きます。
分かるというのは、よいことです。
この場合、弟子たちは何が分かったかというと、自分たちが無力であり、助けが必要であることが分かったのです。
弟子たちは、この先も依然として無力です。
弟子たちの無力は、しかし、彼らの誇りとなりました。
「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」(2コリント12章9節)。
「弱いときにこそ強い」(2コリント12章10節)とはどういうことでしょうか。
パウロの言葉は、経験の故の言葉です。
パウロの経験とは、この場合、各地への伝道でありました。反対の勢力の力の前に、机上の計算では、到底勝てない程の力の差です。しかし、各地に教会が立ち、信徒が増えていくのです。パウロの経験は、神の力に頼ったことによるものでした。
私たちは、日々の歩みを経て、ここにいます。双六で言えば、ゴール目前です。
「陰府の力もこれに対抗できない」(マタイ16章18節)、私に陰府の力に対抗する力があったのではないのです。「わたしたちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています」(2コリント13章4節)。「神の力」、これこそが私を内から強くする、私の誇りです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

カテゴリー: 聖書 あれこれ | コメントをどうぞ

礼拝 2018年6月10日 午前10時30分ー11時30分

前  奏・・・「主はわがかいぬし」(柳瀬佐和子)
招  詞・・・93-1-52
讃美歌・・・3「扉を開きて」
交読詩編・・・詩40編1-12節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・120「主はわがかいぬし」
聖  書・・・コロサイの信徒への手紙1章9-23節
祈  祷
讃美歌・・・299「うつりゆく世にも」
説  教・・・「闇からの救い」
讃美歌・・・463「わが行くみち」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・29「天のみ民も」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は午前9時15分 礼拝中継は→礼拝

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

カテゴリー: 未分類 | コメントをどうぞ

聖書 あれこれ(2018.6.10)

絶えず祈りなさい。          テサロニケの信徒への手紙一 5章17節
キリスト教は、イエス様の教えに基づいています。
教えは、良い知らせ、福音と呼ばれますが、教えですから、理論的になっています。聖書が福音について記していることは、「イエスによって」ということです。
「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得て」(ローマ5章1節)いるということです。
聖書からあれこれ「イエスによって」の関連の項目を引き出してくれば、理論としてのキリスト教は理解できるかもしれませんが、キリスト教はそれだけではありません。
理論も大事ですが、実践も大事です。
実践と言っても、隣人への愛とか平和を造り出せとか、善行を積むことを要求しているのではありません。
礼拝にあずかる、聖書を読む、信仰の書を読む、賛美歌を歌う(聞く)ことから始まる実践です。
加えて、祈ること。大事な実践的な行為です。
説教がイエス様から私たちへのメッセージならば、祈りは、人からイエス様への言葉です。
言葉による伝達、人間同志でも言葉による意思疎通がうまくいかずに困ってしまうこともあります。誤解を解くために、何度も説明、弁解を繰り返すことは、誰でも経験のある事です。その点で、言葉は貧しい手段だと思うことがあります。
しかし、イエス様は、この貧しい手段の言葉で祈りなさいと語り、イエス様はそれを聞くと語りました。聞くことにおいて、イエス様は私たちに対し受け身の姿勢、聞く姿勢を取ってくださるということです。
幼い子の発する言葉、よくわからなければどんな姿勢を取りますか。そして、聞いた結果、その願いに対してどんな対応をするでしょう。愛のゆえに、子の願いの達成のために力を尽くすでしょう。
同じように、祈りなさいと勧めるイエス様は、私たちのために、身を小さくして私の貧しい言葉を聞きとり、交わりの関係をもってくださり、私一人のために、受け身の姿勢をとってくださいます。ここに深い喜びが生まれます。
キリスト教、理論と実践、実践と理論。是非とも味わっていただきたいのです。

カテゴリー: 聖書 あれこれ | コメントをどうぞ

礼拝 2018年6月3日 午前10時30分ー11時40分

前  奏・・・「我らは汝に感謝しまつる、主イエス・キリストよ」(J.S.バッハ)
招  詞・・・93-1-51
讃美歌・・・53「神のみ言葉は」
交読詩編・・・詩39編1-14節
信仰告白・・・93-4-2「ニケア信条」(裏面参照)
讃美歌・・・127「み恵みあふれる」
聖  書・・・コロサイの信徒への手紙1章1-8節
祈  祷
讃美歌・・・461「みめぐみゆたけき」
説  教・・・「神への感謝」
讃美歌・・・529「主よ、わが身を」
聖餐式
讃美歌・・・81「主の食卓を囲み」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・24「たたえよ、主の民」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は午前9時15分 中継は→礼拝)

クロウリハムシ

カテゴリー: 日々の出来事 | コメントをどうぞ