2017年4月30日 礼拝:午前10時30分‐11時45分

前  奏・・・「主はわが命」(J.S.バッハ)
招  詞・・・93-1-44
讃美歌・・・8「心の底より」
交読詩編・・・詩2編1-12節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・361「この世はみな」
聖  書・・・ルカによる福音書24章36-49節
祈  祷
讃美歌・・・382「力に満ちたる」
説  教・・・「復活の証人」
役員任職式
CS教師任職式
讃美歌・・・523「神を畏れつつ」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・24「たたえよ、主の民」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は午前9時15分 中継は→礼拝中継

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聖書 あれこれ(2017.4.30)

するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。                ルカによる福音書 23章43節
十字架の場面。
イエス様の両側に犯罪人が一緒に十字架の刑に処せられています。
何をしたのでしょう。
一人がイエス様をののしりますが、もう一人の犯罪人がたしなめて「『我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。』42そして、『イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください』と言った」のです。
二人は、十字架刑に処せられるほどの犯罪人です。
パウロの年譜を詳細に記すことは難しいのですが、青年壮年の頃までは、キリスト教に対して迫害者でした。そのためには暴力さえも厭わないと考えていました。
そのパウロが回心して、キリスト者となり、各地を伝道して回り、必要な書簡を書いて諸教会を励まし支えました。壮年中期は、これまでとは全く違う人生を歩んだのでした。そして殉教したと伝えられています。
イエス様の十字架の隣のこのたしなめた人は、イエス様から「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と告げられたのでした。
パウロになら殉教時に「一緒に楽園にいる」と言われたとしても違和感はありません。見合うだけの活躍はしているようですから。
しかし、この男。十字架刑直前まで、逮捕されるまでずっと罪を犯し続けていたのでしょう。そう考えると、刑場での悔い改めで楽園にいるといわれるのは、どうも納得がいかない。不合理のように思えます。
人生最後の時に、なおそこでの信仰の告白を受け入れて下さる、ここに福音の全てが現されています。
この人も確かに主の証人です。
人の視点からは不合理のように思えても、イエス様の視点では合理。
イエス様のこの合理の中に、あの人も、あなたも私もいるのです。

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2017年4月23日 礼拝:午前10時30分-11時30分

前  奏・・・「ハレルヤ、ハレルヤ」(高浪晋一)
招  詞・・・93-1-43
讃美歌・・・289「みどりもふかき」
交読詩編・・・詩1編1-6節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・321「しずかな喜び」
聖  書・・・ルカによる福音書24章13-35節
祈  祷
讃美歌・・・287「ナザレの村里」
説  教・・・「心が燃える時」
讃美歌・・・333「主の復活、ハレルヤ」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・25「父・子・聖霊に」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は9時15分から。礼拝は→中継へ

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聖書 あれこれ(2017.4.23)

つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。
2コリントの信徒 5章19節
和解。
この場合、「キリストによって」「責任を問うことなく」ということです。
本来、責任が問われていたのです。
ルカ15章11節以下に「放蕩息子のたとえ」があります。
この場合、放蕩の限りを尽くすのが「人々の罪」となります。ローマ書7章19節に「わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている」とあります。ここに罪の現実があります。神様からいただいた恵みを浪費するばかりでなく、自分自身を消耗させているのです。
「キリストによって」。
この罪をあなたの罪として数えない、この罪の責任をキリストに負わせて、そうして責任が問われないこととなった。ここに和解があります。
誰にもここまでの歩みの歴史があります。それは語る言葉として持っています。
「和解の言葉」は喜びの言葉ですが、和解にあずかった、それはキリスト・イエスによって私たちが和解にあずかるために乗り出してくださったことでもあります。
誰があなたのために乗り出してくるか。それはあなたの価値を測る物差しとなります。
誰が乗り出したか。それは「私」について思いめぐらすときに必要な問いです。

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2017年4月16日 イースター礼拝 午前10時30分-11時45分

前  奏・・・「地よ、声たかく」(北澤 憩)
招  詞・・・93-1-42
讃美歌・・・68(1-3節)「愛するイェスよ」
交読詩編・・・詩150編1-6節
信仰告白・・・「日本基督教団信仰告白」(裏面参照)
讃美歌・・・326「地よ、声たかく」
聖  書・・・ルカによる福音書24章1-12節
祈  祷
讃美歌・・・327「すべての民よ、よろこべ」
説  教・・・「復活の日の朝」
讃美歌・・・325「キリスト・イェスは」
洗礼式
讃美歌・・・68(4-5節)「かいぬしイェスよ」
聖餐式
讃美歌・・・78「わが主よ、ここに集い」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・26「グロリア、グロリア」
祝  祷
後  奏
報  告  (CS礼拝はありません。合同です。中継は→礼拝

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洗足の木曜日 聖餐消火礼拝 2017.4.13 午後6時

前 奏  「主イエスは十字架にかかりたもう」(J.パッヘルベル)
招きの言葉 ゼカリヤ書9章9節
聖書朗読と讃美歌による蝋燭の消火
聖 書  マタイによる福音書26章20-21節
消 火
讃美歌 307「ダビデの子、ホサナ」
聖 書  マルコによる福音書14章32-38節
消 火
讃美歌 302「暗いゲッセマネ」(1-3節)
聖 書  ルカによる福音書22章54-62節
消 火
讃美歌 197「ああ主のひとみ」(1節と2節)
聖 書  マルコによる福音書15章6-15節
消 火
讃美歌 306「あなたもそこにいたのか」(1節と2節)
聖 書  ルカによる福音書23章39-43節
消 火
讃美歌 315「茨の冠かぶせられ」
聖 書  マルコによる福音書15章42-47節
消 火
讃美歌 306「あなたもそこにいたのか」(3-5節)
聖 書  イザヤ書53章4-6節
消 火
讃美歌 297「栄えの主イエスの」
リタニー(連祷)
聖 書 ヨハネによる福音書13章1-11節
説 教 「洗足の木曜日」
祈 祷
讃美歌 543「キリストの前に」
聖 餐
頌 栄 312「紅海を渡り」
祝 祷
後 奏

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久里浜教会 オープンチャーチ 2017

オープンチャーチのご案内

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