2017年10月22日 礼拝:午前10時30分-11時30分

前  奏・・・「いと高きみ神にさかえあれ」(A.N.ベッター)
招  詞・・・93-1-48
讃美歌・・・18「こころを高くあげよ」
交読詩編・・・詩18編47-51節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・51「愛するイェスよ」
聖  書・・・コリントの信徒への手紙一 8章1-13節
祈  祷
讃美歌・・・397「主の教えのべ伝え」
説  教・・・「知識にに勝る愛」
讃美歌・・・523「神を畏れつつ」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・28「み栄えあれや」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は午前9時15分 中継は→礼拝
11月5日(日)召天者記念礼拝 創立記念礼拝

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聖書 あれこれ(2017.10.22)

しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。                     使徒言行録9章27節
旅の途中。
サウロ(パウロ)は、キリスト者を迫害のためにダマスコに向かう途中、主に出会い、語りかけを受け、回心を経験したのでした。
ダマスコへ向かう途中でありましたが、迫害ではなく、福音宣教者の道が始まったのでした。
福音を伝えるとは、福音に生きることです。
使徒言行録14章19-21節を読みますと、「ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した」とありますから、一つや二つは当たったのでしょうか。
その後、パウロは起き上がって町に入って行ったのだとあります。
石を投げつけられたのですから、怒りが込み上げてきてもよいのではないかと考えます。怒りと恨みをもって翌日を迎えても不思議ではありません。
しかし、そうではありませんでした。翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かい、福音を伝えたとのことです。
怒りと恨みは福音に勝るものではないのです。
福音は良い知らせです。よい知らせを持つということは、喜びを持つことです。
パウロは、バルナバと一緒に町々を回り、福音で、よい知らせで、喜びで人々を力づけたのでした。
パウロが伝えたのは、この福音、よい知らせです。伝えたというのですから、この福音に生きているということです。
福音には、怒りを鎮め、恨みを消し去る力があります。だからパウロは、殴られたとしても、怒りに身を任せることはなかったのです。
福音には、憂いを取り去る力があります。
福音を鐘の音に例えた詩人がいます。
「なれかし鐘の音 憂いを追いやり 恨みをうちすて やわらぎ迎えよ」は讃美歌1編の410番です。
私たちは憂いの中に生きるものではなく、福音に生き、平安の中で喜びと共に生きるのです。

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2017年10月15日 礼拝:午前10時30分-11時30分

前  奏・・・「前奏曲」(J.G.Albrechtsberger)
招  詞・・・93-1-15
讃美歌・・・11「感謝にみちて み神をたたえん」
交読詩編・・・詩18編32-46節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・346「来たれ聖霊よ、信ずる群れに」
聖  書・・・エフェソの信徒への手紙4章1-16節
祈  祷
讃美歌・・・499「平和の道具と ならせてください」
説  教・・・「希望のもとに生きる」
讃美歌・・・417「聖霊によりて われらひとつ」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・29「天のみ民も」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝はありません。合同です。中継は→礼拝
11月5日 召天者記念礼拝 創立記念礼拝

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聖書 あれこれ(2017.10.15)

「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。
テモテへの手紙一 1章15節
肩書。
いくつあるでしょう。ローマ教皇の肩書は、ローマの司教、イエス・キリストの代理者、使徒たちのかしらの後継者、普遍教会の最高司教、イタリア首座司教、ローマ管区首都大司教、バチカン市国元首、神の僕たちの僕、だそうです。
最期の神の僕は、私たちと一緒です。カトリックのホームページにはありませんが、もう一つ一緒なのは、罪人という肩書です。
私たちはいくつかの肩書を人生の途中で引き受けます。それは、イエス様の委託のようなものです。エフェソ書4章11節に「ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです」とある通りです。
肩書は、永久不滅なものではありません。
トランジットという言葉があります。通過、通行という意味で、そこから旅行者が目的地までの中継として他の国を通過、通行することを意味するとのことです。直行便の飛行機がない場合、他の国を経由地として行くということです。
私たちの人生も、いくつかの経由地、トランジットを経て進んでいきます。
肩書で言いますと、例えば、牧者や教師も、なろうとする時期があり、勤めている時期があり、やがて「元」がつくのです。いつまでも同じ肩書というわけにはいきません。次があるのです。
罪人の肩書も同じで、いつまでも続くものではありません。
皆が元罪人となって、神の国へ迎え入れられます。
神の国の入り口に門番がいて、あなたは誰だ、と聞いてくるに違いありません。
私は、教師ですと言っても福音宣教者と言っても、預言者ですと言っても、リストにないと言われることでしょう。神の国で福音宣教者はいらないのです。
肩書は、何もないと寂しいものですが、私たちには、「キリストの僕」「元罪人」の肩書があります。これは万能の肩書として非常に有効です。毎日を支え、神の国の門で「リストにない」「あなたを知らない」と言われることは決してありません。
また、この肩書は教会で比較的簡単に手に入れることができます。

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2017年10月8日 礼拝:午前10時30分ー11時30分

前  奏・・・「おお主よ、心からあなたを愛します」(J.S.バッハ)
招  詞・・・93-1-14
讃美歌・・・10「今こそ人みな たたえ歌え」
交読詩編・・・詩18編21-31節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・313「愛するイェス、何をなされて」
聖  書・・・エフェソの信徒への手紙3章14-21節
祈  祷
讃美歌・・・430「とびらの外に 立ちつづけて」
説  教・・・「キリストの愛」
讃美歌・・・492「み神をたたえる 心こそは」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・24「たたえよ、主の民」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は、午前9時15分 礼拝中継は→礼拝

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聖書 あれこれ(2017.10.8)

絶えず祈りなさい。
テサロニケの信徒への手紙一 5章17節
キリスト教は、イエス様の教えに基づいています。
教えは、良い知らせ、福音と呼ばれますが、教えですから、理論的になっています。聖書が福音について記していることは、「イエスによって」ということです。
「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得て」(ローマ5章1節)いるということです。
聖書から「イエスによって」の関連の項目を引き出してくれば、理論としてのキリスト教は理解できるかもしれませんが、キリスト教はそれだけではありません。
理論も大事ですが、実践も大事です。
実践と言っても、隣人への愛とか平和を造り出せとか、善行を積むことを要求しているのではありません。
礼拝にあずかる、聖書を読む、信仰の書を読む、賛美歌を歌う(聞く)ことから始まる実践です。
加えて、祈ること。大事な実践的な行為です。
説教がイエス様から私たちへのメッセージならば、祈りは、人からイエス様への言葉です。
言葉による伝達、人間同志でも言葉による意思疎通がうまくいかずに困ってしまうこともあります。誤解を解くために、何度も説明、弁解を繰り返すことは、誰でも経験のある事です。その点で、言葉は貧しい手段だと思うことがあります。
しかし、イエス様は、この貧しい手段の言葉で祈りなさいと語り、イエス様はそれを聞くと語りました。聞くことにおいて、イエス様は私たちに対し受け身の姿勢、聞く姿勢を取ってくださるということです。
幼い子の発する言葉、よくわからなければどんな姿勢を取りますか。そして、聞いた結果、その願いに対してどんな対応をするでしょう。愛のゆえに、子の願いの達成のために力を尽くすでしょう。
同じように、祈りなさいと勧めるイエス様は、私たちのために、身を小さくして私の貧しい言葉を聞きとり、交わりの関係をもってくださり、私一人のために、受け身の姿勢をとってくださいます。ここに深い喜びが生まれます。
キリスト教、理論と実践、実践と理論。是非とも味わっていただきたいのです。

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2017年10月1日 礼拝:午前10時30分-11時40分

前  奏・・・「JUBILATION」(J.デントン)
招  詞・・・93-1-13
讃美歌・・・9「わが身にたまいし 神のめぐみ」
交読詩編・・・詩18編8-20節
信仰告白・・・93-4-2「ニケア信条」(裏面参照)
讃美歌・・・297「栄えの主イェスの 十字架をあおげば」
聖  書・・・エフェソの信徒への手紙3章1-13節
祈  祷
讃美歌・・・479「喜びは 主のうちに」
説  教・・・「秘められた計画」
讃美歌・・・521「とらえたまえ、われらを」
聖餐式
讃美歌・・・78「わが主よ、ここに集い」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・25「父・子・聖霊に み栄えあれ」
祝  祷
後  奏
報  告  (CS礼拝は、午前9時15分 礼拝中継は→礼拝

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