2017年6月25日 礼拝:午前10時30分-11時30分

前  奏・・・「神のみ言葉は」(C.Sラング)
招  詞・・・93-1-52
讃美歌・・・18「心を高くあげよ」
交読詩編・・・詩8編1-10節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・363「み神の力は」
聖  書・・・ガラテヤの信徒への手紙3章1-6節
祈  祷
讃美歌・・・463「わが行くみち」
説  教・・・「人の義とは」
讃美歌・・・567「ナルドの香油」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・28「み栄あれや」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝:午前9時15分 中継は→礼拝

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聖書 あれこれ(2017.6.25)

わたしには分かっている。わたしの死んだ後、あなたたちは必ず堕落して、わたしの命じた道からそれる。そして後の日に、災いがあなたたちにふりかかる。あなたたちが主が悪と見なされることを行い、その手の業によって主を怒らせるからである。
申命記31章29節
「必ず堕落する。」
エジプトを脱出した民は、まもなく約束の地に入ります。しかし、モーセは入ることはできません。申命記31章ではモーセの死後のことが伝えられます。
先頭に立つのはヨシュアであること、そして、約束の地に入ったのち、しばらくして人々は「必ず堕落する」ことが語られます。
まもなく死ぬであろうモーセにとっての厳しい現実です。そうならないように、人々が堕落しないように努めてきたからです。
モーセの死のことは、32章、34章にあります。エリコの向かいにあるネボ山に登り、これから入る所有地を見渡します。
ここに入るのか、ここに住むのか、ここで堕落するのか、という感じです。
出来れば、見渡すだけで終わりたいところですが、そうではないようです。
モーセにとって、それはうろたえる事態です。なにしろ、導いてきた民の子孫たちのことですから。何のために、エジプトに行き、荒れ野をさまよったのか。
由々しき事態ですが、モーセがこの世を去るにあたって、主なる神の言葉が、それこそたくさん思い浮かぶことでしょう。十戒が浮かびますし、「杖を高く上げ、…海を二つに分けなさい」(出エジプト14章16節)も浮かびます。今となっては懐かしい思い出です。
「わたしを捨てて、わたしが民と結んだ契約を破るだろう」(申命記31章16節)も厳しいのですが、最後に思い浮かび心を支えるのは「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない。」(申命記31章8節)です。堕落して契約を捨ててもあなたを見放さないという言葉です。

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2017年6月18日 礼拝:午前10時30分ー11時30分

前  奏・・・「我がイェスよ、我は離れず」(J.G.ワルター)
招  詞・・・93-1-51
讃美歌・・・17「聖なる主の美しさと」
交読詩編・・・詩7編1-18節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・515「きみのたまものと」
聖  書・・・使徒言行録17章16-34節
祈  祷
讃美歌・・・458「信仰こそ旅路を」
説  教・・・「知らされている神に」
讃美歌・・・528「あなたの道を」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・29「天のみ民も」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝はありません。合同です。中継は→礼拝

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聖書 あれこれ(2017.6.18)

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。      ヨハネ福音書3章16節
ある姿かたちの美しい人が「失敗を糧にする」と言っていました。素敵な人が言いますと、いいこと言うなあ、さすがだなあと感心してしまいます。
ところがよく考えてみますと、二つのことに気付いたのです。
一つは、失敗を糧にする、実は初めて聞くことではないということです
もう一つは、初めて聞くことではないとしても、考え方として、失敗が糧となるというのは、やっぱりすごいことだと思うのです。大袈裟に考えますと、失敗は失敗という世界から、失敗は糧となる、プラスの世界へと移った、そんなとらえ方もできるということです。
世界の中に私たちがいるのですが、今いる世界は、どんな世界でしょうか。
孤独を強く感じさせる世界でしょうか。理解する者は一人もいないと感じさせる世界でしょうか。だとしたら、改めて、世界は決して一つではないということです。
日本に聖書の言葉が届いたのは、イエズス会の宣教師、フランシスコ・ザビエルによります。1549年のことです。新しい世界がやってきたのです。一人にしない、どんなときにも愛を感じることが出来る世界が近くに来たのです。
この新しい世界の中で、それぞれに何年かを過ごし、そして旅立っていきます。そこはまた新しい世界ですけれども、全く新しい世界ではなくて、確かにどこかで経験したことを感じる世界です。
なぜそう感じるのか、それはこの世で、聖書が語る世界で過ごしていたからです。この世を愛するイエス様の言葉を聞いていたからです。この世界で、孤独ではない平安を味わっていたからです。
イエス様は私たちを愛してくださるのだ、私は愛されることに相応しい者だ、この世にあって教会でいつも味わっている、そのことを今、思い起こしていただきたいのです。ビロウドハマキ(チョウ目ハマキガ科)

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聖書 あれこれ(2017.6.11)

このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。        ローマ書5章2節
バナナのイメージ。何が思い浮かぶでしょう。バナナの形で、たぶん100人中100人が変わらないことでしょう。
でも、オレンジ、どうでしょう。アメリカ産のオレンジ、静岡、愛媛、紀州産のミカンが浮かぶかもしれません。
カフェラテ、カフェオレ、カプチーノとなると、どうでしょう。確かなものがイメージとして浮かびませんと、極端な話、会話がかみ合わなくなるかもしれません。
信仰はどうでしょう。
滝に打たれること、一心に聖書を読むこと、流されないようにしがみつくこと、いろいろと浮かんできますが、これもおおよそ、お互いに同じようなイメージでないと話が合わないかもしれません。
「キリストのお陰」。
イエス・キリストはどんな方か。もし、依怙贔屓するお方なら、この「お蔭」も恣意的で贔屓の結果となります。それにあやかるために、賄賂でも渡さなければと考えるかもしれません。
しかし、幸いなことに、イエス様は分け隔てなさいません。すべての人に誠実さをもって迫ってきます。
誠実で親切で憐れみに富む方が近くに来たらどうしましょうか。どんなイメージが浮かびますか。その時の私の態度はどんなことになるでしょう。
「信仰によって」、「キリストのお陰」、それが語ろうとしているのは、安心であり、憐れみです。何かを成し遂げようとする心構えとは違うものです。心構えやこうしようというのが信仰の形ではなくて、イエス様が来たのだから、その方にゆだねよう、それでいいのだ、そこに思い至ると、安心が生まれることでしょう。信仰とは、私が何かを成し遂げることではない、そのことをスタート地点として、考えを進めていきましょう。

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2017年6月11日 礼拝:午前10時30分ー11時30分

前  奏・・・「聖霊よ、降りて」(J. R. Sweney)
招  詞・・・93-1-50
讃美歌・・・9「わが身にたまいし」
交読詩編・・・詩6編1-11節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・296(1,2,5,6)「いのちのいのちよ」
聖  書・・・ガラテヤの信徒への手紙2章15-21節
祈  祷
讃美歌・・・505「歩ませてください」
説  教・・・「信仰によって生きる」
讃美歌・・・517「神の民よ」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・24「たたえよ、主の民」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は、午前9時15分 中継は→礼拝)

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2017年6月4日 礼拝:午前10時30分-11時45分

前  奏・・・「キリエ、聖霊なる神よ」(J.S.バッハ)
招  詞・・・93-1-49
讃美歌・・・487主「イェス、イェス」
交読詩編・・・詩5編5-13節
信仰告白・・・「日本基督教団信仰告白」(裏面参照)
讃美歌・・・204「よろこびの日よ」
聖  書・・・ガラテヤの信徒への手紙2章11-14節
祈  祷
讃美歌・・・342「神の霊よ、今くだり」
説  教・・・「福音の真理」
讃美歌・・・403「聞けよ、愛と真理の」
転入式
聖餐式
讃美歌・・・79「みまえにわれらつどい」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・25「父・子・聖霊に」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝はありません。ペンテコステの合同礼拝です。中継は→礼拝

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