2017年12月17日 礼拝:午前10時30分ー11時30分

奏・・・「主を待ち望むアドヴェント」(高浪晋一)
招  詞・・・ローマの信徒への手紙5章5節b
讃美歌・・・242(1-3節)「主を待ち望むアドヴェント」
交読詩編・・・詩23編1-6節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・175「わが心はあまつ神を」
聖  書・・・ルカによる福音書1章46-56節
祈  祷
讃美歌・・・178「あがめます主を」
説  教・・・「マリアの賛歌」
讃美歌・・・481「救いの主イェスの」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A裏面参照)
頌  栄・・・229(6節)「御父と御子と」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝はありません。礼拝中継は→礼拝)
24日(日)クリスマス礼拝 午前10時30分
24日(日)キャンドルサーヴィス 午後6時 

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聖書 あれこれ(2017.12.17)

しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。                    第2ペトロ3章13節
恐れ。
人類の最初の恐れの感情は、創世記に記されています。
「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから」(創世記3章10節)。
この時、最初の人アダムとエバは、蛇の誘惑により、禁断の実を食べてしまっていたのです。叱られるとも、死んでしまうとも思ったのでしょうか。
創世記2章17節に「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」とあります。
創世記3章3節に、蛇に答える形でも神様の同じ命令を繰り返しています。「園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」。
知っているなら食べなければよいのに。誰もがそう思います。そこに私たちは、アダムのように住んでいます。罪を犯し、神から離れることと死を恐れて。
「義の宿る新しい天と新しい地」は、罪が拭われ、再びの神様との関係の回復した状態ということでしょう。
約束の成就、実際にそれを手に入れるのは終末後のことです。
いま私たちはその約束が成就するのを待っています。いくつかの証拠と共に。
クリスマス、十字架、復活。
これらは私たちへの愛によるもの、神の慈しみです。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ福音書3章16節)は、そのことをあらわしています。
神の愛において、私たちは回復します。
神の慈しみと憐れみと愛において、関係は回復し、神の子として、希望をもって待ち望むことができます。
今は「待ち望む」時なのです。

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2017円12月10日 礼拝:午前10時30分-11時30分

前  奏・・・「田園曲より アンダンテ」(J.S.バッハ)
招  詞・・・ルカによる福音書2章14節
讃美歌・・・242(1-2節)「主を待ち望むアドヴェント」
交読詩編・・・詩22編10-24節
信仰告白・・・93-4-1-B「使徒信条」(裏面参照)
讃美歌・・・237「聞け、荒れ野からとどく声を」
聖  書・・・マルコによる福音書1章1-8節
祈  祷
讃美歌・・・397「主の教えのべ伝え」
説  教・・・「洗礼のすすめ」
讃美歌・・・474「わが身の望みは」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-B(裏面参照)
頌  栄・・・229(6節)「御父と御子と」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は午前9時15分 中継は→礼拝
12月24日(日)クリスマス礼拝 午前10時30分
クリスマスイヴキャンドルサーヴィス 午後6時

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聖書 あれこれ(2017.12.10)

人間の前途がまっすぐなようでも 果ては死への道となることがある。
箴言14章12節
箴言。戒めとなるような言葉、教訓、格言などの短い言葉。その中の一つです。
誰もが主の道を行くことを望んでいます。詩128編1節に「いかに幸いなことか、主を畏れ、主の道に歩む人よ」とあるとおりです。
今行く道はどうなのか。人は誰もが正しい道を歩んでいると考えています。戦国時代の何やら策略を巡らしている武将のようです。
では、今のこの道は?
メダカは群れるようですが、多数で泳ぐ道が正しい道でしょうか。
一人の道は、裸の王様の道となる場合もあります。多数が正しいとも少数意見が正しいとも限らないのです。
この道が正しいのか、最後まで行かなくてはわからないのでしょうか。それですと、希望をもって歩むことが難しいように思えます。
大切なことは、自分の判断の不確かさを覚えつつ、求道者のように道を探しつつ行ったらよいのかと思います。
群れたりしてわが身の力に頼ると傲慢になり、一人で行くとなると悲観的になります。人は複雑な考えをする生き物なのです。
だからこそ祈るのです。「ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り 主を仰ぎ望んで喜びを得 その宮で朝を迎えることを」(詩27編4節)。
傲慢も悲観もわが身にから出てくるものです。誘惑です。それに対抗できるのは祈りの力です。
第三の道は、祈りの道です。「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい」(マタイ26章41節)とイエス様も教えています。
えっ、眠ってしまったらどうしようって。その後を読んでください。イエス様が起こしてくれています。そしてちゃんと使徒言行録で聖霊の力を与えて迷わぬように力を与えています。私たちも必ずこの弟子たちのようになるのです。

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2017 よこすか ファミリークリスマス

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2017 久里浜 教会 クリスマス

クリスマスは教会で。

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2017年12月3日 礼拝:午前10時30分-11時45分

前  奏・・・「来たりたまえ異邦人の救い主よ」(J.H.ブットシュテット)
招  詞・・・ローマの信徒への手紙5章5節a
讃美歌・・・242(1節)「主を待ち望むアドヴェント」
交読詩編・・・詩22編1-9節
信仰告白・・・93-4-2「ニケア信条」(裏面参照)
讃美歌・・・157「いざ語れ,主の民よ」
聖  書・・・マタイによる福音書1章23-25節
祈  祷
讃美歌・・・231「久しく待ちにし」
説  教・・・「神はわれらと共なり」
讃美歌・・・465「神ともにいまして」
聖餐式
讃美歌・・・79「みまえにわれらつどい」
献  金
感  謝
主の祈り・・・93-5-A(裏面参照)
頌  栄・・・229(6節)「御父と御子と」
祝  祷
後  奏
報  告 (CS礼拝は、午前9時15分 礼拝中継は→礼拝
12月24日(日)クリスマス礼拝 午前10時30分
クリスマスイヴキャンドルサーヴィス 午後6時

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